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伏見グランマの初恋の人

 

萩原健一の死が思いのほかこたえていて、自分でも驚いている。ショーケンのことなんていままで気にも留めなかったし、近年は、彼の映像が目に入るたびに、そのヤカラ感ただよう風貌にうんざりしていたから。それに子供の時分、「太陽にほえろ!」もそんなに観ていなかったし、「傷だらけの天使」は岸田今日子の「おさむちゃん…」というセリフは憶えていても、彼の演技はそれほど印象にない。「前略おふくろ様」にいたっては、没後、初めてYouTubeで観たくらいだ。

なのに、あまりにショーケンのことが頭から離れないので、この一週間くらい、YouTubeに上がっていた彼の若き日の映像を片っ端からあさっていた。そしてその色香に今更ながら恋してしまったのである。「前略おふくろ様」の板前役もホモ的にエロいことこの上ないし(名前も”さぶ”)、「太陽にほえろ!」のオープンニングで懸命に走っている姿も美しい。ものすごく端正な顔立ちというのではないが、まだ少年性が残っている70年代までの表情は、“チャーミング”という言葉そのものだった。当時の萩原健一は、そこにいるだけで切ない気分にさせてくる俳優だったのだろう。

それで、ドラマを観まくった後、60年代末のテンプターズ時代の映像を発見したところで、突然、古い古い記憶がフラッシュバックしたのである。家族アルバムなんてまず開かないから忘れていたのだが、自分の幼少時代のそれに、「ショーケンのむこうをはって」とコメントがつけられた連写の写真が貼ってあるのだ。テンプターズの「純愛」の振りで、カメラの前で気取って踊っている幼い自分がいる。

そうだ! 幼稚園のとき、自分はたしかに大ファンだったのだ。彼の歌を歌いながら家族や親戚の前でポーズをとったりしていた憲明少年。ショーケンが近所の大宮出身だということも相まって、胸をときめかしていた。

と改めて振り返ると、青年期のショーケンは伏見が憧憬しないではいられない男子そのもので、涼やかな目元も、気取らないキャラクターも、すーっとした横顔も、風になびく髪も、青春を彷彿させる喉仏も…「好きなお兄さん」以外のなにものでもない。つまりは”タイプ”の「原型」。すっかり忘れ去っていたのだれど、きっと、いや絶対、ショーケンは初恋のひとだったのだ! そういえば、これまで恋する相手はおおかた彼のような醤油顔で、少年性の残る男だったと思う。

どうりでこんなに胸が痛いはずだ。本当に涙がでる。萩原健一の死は、自分を自分たらしめた一部を喪失したに等しかった。

伏見憲明