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【私の二丁目デビュー】 その1

川西由樹子「衝撃のリボンヌ」

 

「きっ、キレイなお姉様が、カウンター内に……!」

約三十年前、まだわたしが十代だった頃の話です。場所は新宿二丁目の、のちに「百合の小道」、最近では「L通り」などと呼ばれるようになった一角での出来事でした。とあるお店に入ったわたしは、ありがちな表現ですがまさに雷に打たれでもしたかのように衝撃を受けて、しばらくのあいだ、ただただ固まっていたものです。

新宿二丁目には、現在では十数軒とも数十軒とも言われる数のレズバーが蝟集している、とのこと。当時はその手のお店の黎明期で、まだ片手で数えられるほどしか存在しなかった時代の話です。

中にリボンヌの店内が撮影された記事もある

わたしをそのエリアに導いたのは、『オレンジピープル』という雑誌でした。懐かしの「ロス疑惑」の中心人物が愛好していたことで一般にも知られるようになったこの雑誌は、スワッピングを中心にした、いわゆる「変態性欲」の持ち主がお相手を募集するマニア誌で、なかには女性が女性を求める募集文も入り混じっていたのです。十代でそんなもん定期購読すなや、という感じですが、当時はこれとゲイ雑誌『薔薇族』の「百合族コーナー」と、『月光』(前身は『アラン』、のちに『牧歌メロン』などに何度か改題)というサブカルチャー誌くらいしか女性が同性を求める媒体を知らなかったものですから、仕方のない話ではありました。そのなかでもよりによって『オレンジピープル』かい、という気もしますけど、事実ですのでこれまた仕方がありません。

そこで知り合ったオナベな方が、わたしの初体験の相手であるのと同時に、新宿二丁目のレズバーデビューを果たさせてくださったのですから、くだんの雑誌には感謝しなければならないでしょう。彼女(ポリコレ的には「彼」と呼ぶべきでしょうか)に連れて行かれたのは他のお店だったのですが、正直そちらはあまり「初体験」の衝撃が残っていなかったりします。お店の方もお客さんたちも、中性的もしくはボーイッシュなタイプが目立ったので、フェム×フェム(自分も女性的な外見で、お相手もそういうタイプが好み)な己の「性的嗜好」に気づいていなかった当時のわたしには、いまひとつピシリとくるものがなかったのではないか、と思います。

「女性好きなのは間違いないけれど、ファッションの好みは過激な格好(ベリーショートに奇抜な化粧。先鋭的なキャラはそのようなベクトルに向かう、といった時代でした)」をしていたわたしは、まだ芯から好きな女性のタイプと、そういう相手に自分がどう向き合うか、というスタンスが定まってはいませんでした。そんなレズ界に漕ぎだしたばかりの未熟者に、「これよぉ!」という衝撃をもたらしてくれたのが、『リボンヌ』というバーのママ、ちえみさんだったのです。ゆるくカールしたロングヘアにきちんとお化粧をして、ナチュラルに女性的なファッションに身を包んでおられる。おしゃべりの調子は気さくで、間違っても一人称が「俺」や「僕」ではない。

なんということでしょう。女性同士の世界といえば、短髪まみれのなかに、過剰に甘ったるくて「ぶりっこ」方面的に女くさい「ネコ」が入り混じっている。それが当たり前かと、オナベが初体験の相手だった自分は、思い込んでいたといいますのに。

こういう女のひとが好き、だけど短髪(せめてベリショと呼んで、お願いだから)な自分では、いわゆる「タチ」のカテゴリーに入れられてしまう――そんな気づきがあったのでしょうか、わたしは髪を伸ばしはじめました。お化粧も寒色系やモノトーンの唇などはやめて、自然なメイクに粗末な顔面を彩らせるようになっていったものです。スカートは元々履いていたので、こちらは気合いを入れなくてもそのままでOKでした。

ちえみママはあまりにも偶像化しすぎてしまったため、恋愛の対象にはならなかったのですが、このようなレズビアンの方がいらっしゃる、というだけでわたしは満足したものです。短髪ノーメイクでズボン履きの「タチ」と少女趣味的にフェミニンな「ネコ」がツガイになるのがスタンダード、という当時のレズ界のステレオタイプにしっくりこないものを覚えていたせいか、「男クサいもん同士の絡み=ハードゲイ」を見習って、自らを「ハードレズ」などと名乗っていたりもしていましたっけ。自業自得で、「エッチがすんげえハードらしいわよ……!」と誤解されまくる、というカウンターパンチも付いてきましたが。

レズバーが数軒ちらほら並んでいるだけのL字型の小道、その一角にあったリボンヌというカウンターだけのシックなお店と、自然体で「女性」なママ、そんな彼女への素朴な憧れと共感。

もしかしたらレズビアンとしてのわたしの原点は、こんなところにあったのかもしれません。

 

川西由樹子 / 90年代から女性同士の性について赤裸々に表現しているビアン・ライターの草分け。ビアン雑誌「カーミラ」でも主要ライターとして活躍。著書に『Q式サバイバー』など。

 

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