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伏見憲明の書評

相澤啓三著 歌集『蛹が見る夢』の時空

 

詩集や歌集などはほとんど読まないのだが、齢五十をすぎて、そうした言葉の美しさが心に染み入るようになった、と自分でも驚いた。ご恵送いただいた相澤啓三氏の最新歌集『蛹が見る夢』(書肆山田)の読後感である。

 

詩作の最高峰、高見順賞も受賞している相澤氏は、一九二九年生まれの斯界の重鎮。戦後、朝日新聞の記者として健筆を振るい、退社後はオペラなどの音楽評論家としても知られる。

 

本作では、最晩年を迎えた自身の、過去から現在までの時間を自在に往還しながら、その時折の情感を言葉に再生している。まるで長きにわたる人生をここに刻みつけるかのごとく。そして、幼き日の、蒼い時代の、政治の季節の、肉体の記憶の、静かなる愛の晩年の……瞬間瞬間を生き生きと謳い、定型詩のリズムに響かせている。

 

そこに流れる時間は、過去から現在、未来へと直線的に続くものではなく、その螺旋の力に過去も未来も巻き込みながら遠ざかっていく渦巻き銀河のように、遥か彼方へと広がっていく。そうした時空間へと思い馳せるようになったのは、私も、いくばくか歳月を重ねてきたからだろう。過去は今とともにあり、現在は過去にも流れ込んでいる。そして未来はすでにここにある。相澤氏の歌集の頁を開くと、一瞬にして時が四方へと拡散していく。

 

「生涯の不思議と思ふ その猫ときみひとりへの無条件の愛」

米寿も過ぎた男のなかに秘めた少年の無垢と、少年には理解しがたい愛の無条件。その二重性が、加齢のよってもたらされた祝杯のように行間に立ち現れる。そして半世紀にも及ぶ連れ合いへの思慕。

 

「きみとある生なればもつと執着すべきかとこまごま世話を受けつつ思ふ」

肉体のくびきから「蛹」が翔び立つ日を祈りつつ、愛のなかに見出す現世への執着。限界のなかの希望と、愛による呪縛。別れがたいという想いは檻なのか、それともそれ自体が官能なのか。ディレンマは最期の最期まで人に憑依する。

 

「憤り論鋒鋭きデスク居て若かりしかな六◯年安保」

未だ著者にたぎる政治への、正義への、反差別への熱き想い。それは肉体の情欲とともに、著者の人生を駆動した物語なのだろう。そして朱に染まった若き志は、今日では虹色の輝きをも放っている。

「白髪の杖引く者が居ることも虹のともがきの役割のひとつ」

あの群衆のなかに未来への志を秘めたの翁がいたことを、虹色のパレードを歩いていた若者らはきっと知らない。でもその情熱は、彼ら彼女らのなかに深く、やさしく受け継がれていくのだ。

 

相澤啓三
1929年- 昭和後期-平成時代の詩人,音楽評論家。
昭和4年12月10日生まれ。昭和28年朝日新聞社に入社。美術図書、「アサヒカメラ」などの記者を歴任。平成17年詩集「マンゴー幻想」で高見順賞を受賞。山梨県出身。東大卒。著作に「オペラ快楽」、詩集に「墜ちよ、少年」
「孔雀荘の出来事」など多数。