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パヨクのための映画批評 85

日本のペドロ・アルモドバル? 「永遠の人」(1961年、日本)

パヨク映画評、日本の昔の映画を振りかえるシリーズ第4弾(もはや木下恵介映画を振り返るシリーズ)は、「永遠の人」。このヘレンケラー自伝みたいなタイトルの映画は、雄大な阿蘇山を背景に、人間の業の一つ「人を憎み続けるゴゴゴゴゴ」を描く映画よ。

傷痍軍人として日中戦争から阿蘇地方の故郷に帰還した地主の息子、小清水平兵衛(仲代達矢)は自らの劣等感を補うかのように、小作人の娘、さだ子(高峰秀子)を手籠めにして妻にしてしまう。さだ子には隆(佐田啓二)という思い人がいたのだが、出兵のため不在だった。なさぬ仲の夫婦が織りなす28年に亘る愛憎物語。

まず冒頭でしびれる。白い着物をばっちりきめて朝もやの中にすっと立つ高峰秀子が映り、ズームインして止まった瞬間に、何と九州弁のフラメンコが流れる。

かっこよすぎて漏らすかと思った。

本作、1961年のオスカーで外国語映画賞にノミネートされていたそうです。同年のオスカー作品賞は「ウェストサイド物語」。木下映画は海外で全然ウケなかったのかなと思ってたら、そんなことなかったんだね。ただ、Wikiを見たら、戦後~1960年代まで外国語映画賞には邦画が次々にノミネートされているし、受賞作がいくつかある。日本映画黄金期にあって、木下監督の映画は埋もれたんだろうな。

木下監督のいいところは、押しつけがましさがあんまり感じられないところ。木下は黒澤の映画のことを「嘘でできてる」と評したらしいけど、黒澤映画が描いたマッチョなサムライ日本人像は、嘘(フィクション)の純度が高いが故に完成し、海外でもウケたのだと言えるだろう。木下監督は、「自分」を出すことなく、同時代の日本人の感じていることを直感的に抽出してシャシンに映し出す能力が卓越していたのだと思う。彼は現場のひらめきで色んなことを決めたと言われており、実際台本見てもあんまり書き込まれてなかったらしい。

他方で、彼はご両親のことを心底崇拝していたようね。「親に見せたくないものは撮れない」と語っていた動画を観たわ。後年、段々人気が落ちて行ったのは、もしかしたら、ご両親の世代が高齢化で社会の中心から離れていった…つまり歴史的役割を終えたことも関係しているのじゃないかと思う。

本作でも、同時期の日本人がどう振る舞っていたか、何を夢見ていたかが滲み出てくる。例えばさだ子の憎しみ。九州の田舎で、夫を憎み続けるという選択肢しかなかったことで、逆説的にさだ子は主体性を手に入れているように見える。手籠めにされて孕んだ息子(田村正和)を愛することができず、それが更なる悲劇を生んでしまう状況は痛ましいが、あの時代の日本人は、そういう難しい環境で子供が次々に生まれて、気に入らなければ子供が家を出ていってしまう、一種のワイルドさの中にあったのだと思う。人が失踪したり、かと思いきやひょっこり帰ってくるという逞しさと哀れさ。隆の妻(乙羽信子)の言動は、戦争に巻き込まれた普通の日本人の動きだったんだと思う。木下映画はそういう「人間、お互い様よね、みんなつらいよね」という終戦後メンタリティの優しさに溢れている。でも監督自身がいい人かって言ったらそうでもないらしくて、当時の人々の感情を受信して再構成する能力に優れていたのだと思う。

本作が撮られた1961年は第1次安保闘争直後だからね、出て来るよ、「アカ」が。今回の作品では、二男は故郷を棄てて東京で大学闘争をやっていて、警察に追われている(ひいい)。そんな中で家に連絡をしてきた息子に怒りを隠さない平兵衛に対し、さだ子はお金を渡しに阿蘇山の草千里まで会いに行く(私には懐かしい光景だったけど、牛が道を歩いていた。インドかよw)。彼の顔は穏やか。この仏のような顔の子が角材とか持って内ゲバとかして警察に追われていたのかと思うと…時代よね。噴煙を上げる阿蘇山を見て母は「こんなところに連れてくるなんてひどい」と小言を言う。ある事件のために、阿蘇山の噴煙を見る度に胸を突かれるような思いをする母を前に、金を受け取った二男はさらっと「お母さんがお父さんを許すまで、僕はお母さんを許しません」と言い残して去って行く。お互い責めあうような言葉をさらっと言っちゃうんだよね、家族って。九州弁の台詞に私も色々思い出したよ…

九州男の駄目なところがいっぱい出ている映画でもあるのよ。仲代達矢が思い切り嫌なじじぃになっている。私の家、昔はああいうムードの家だったんじゃないかしら。それを私や妹ははっきり見てないけど、姉は見てしまっている。九州の父親というのは、子供からも家庭からも距離を以て君臨しており、子供に優しいかと思ったら突如暴君になったりする。私も、父とのあの距離を埋めたくて、父に褒められたい、お話がしたい、と願って話しかけてもそれは叶えられなかったのを思い出したわ。父もああいう風にしか振る舞えなかったんだね。

結局のところ、夫婦は和解できるんだろうか。大概、本当は早く相手を許して楽になりたいものよ。でも、相手を許して楽になってしまったら、傷つき苦しんできた自分の心が不憫だから、憎み続けようとする。そんな人生の罠に落ちた人間の哀しさを歌うフラメンコ音楽のせいだけど、スペイン映画「ボルベール」も思い出した。木下映画って今で言えばペドロ・アルモドバル映画的なところもある。木下監督については「女の園」の久我美子が「本当に女性が好きじゃないように思う」「だから女の嫌な面を出すのがすごくお上手なのだと思う」と言っていたり、「カルメン純情す」の淡島千景が「話し方が柔らかくて助監督さんに美男子が多かった」と証言するなど、もうはっきり言ってそうなんだけども、横堀幸司は『木下恵介の遺言』で、先輩から「徹底して男性的だよ。もちろんゲイだろう」と言われたと書いている…え…「ゲイ」の意味分かってるのかしら。秘密でも何でもないんだネ。「お嬢さん乾杯!」であの原節子を何だか怖い感じで撮った上、佐田啓二と佐野周二を同棲させた上チークダンス踊らせたりして好き放題の監督…。

木下監督は、いい距離で女性の姿を描き出せるのだろう(女の哄笑から始まる「女」っていう映画も奇抜でいいわよ~)。木下映画の中のヒロインたちは、自分と社会との間で葛藤し、繰り返し、主体的に生きようとする。そこにちょいちょい挟まってくる、本筋に全然関係ない「おやッ?」というクィアなカット。木下映画ブームはまだまだ続くわ…

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。