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パヨクのための映画批評 86

政治に疲れたらオカルトの世界へどうぞ 「陰陽師」(2001年、日本)

今年は、パヨクのくせにw、とかアベガー、とか、ネトウヨバーがー、とか、私は疲れちゃった。ツイッター上のえげつない言葉の応酬はまさに呪詛合戦の様相。ツイッター空間には、自分の物語の中に閉じこもり、たまに結界に迷い込んできた者達を痛めつける「まどかマギカ」の魔女を結構見かけますね。どの陣営にもいるから私もうっかり地雷踏めない。映画版「まどマギ」のすごさを今更理解したのね。日本では、どうやら心の問題をオカルト用語で考えるとしっくりくるようなの。魔女、呪い、穢れ、巫女…そもそも「察する文化」って何ですか。エスパー魔美ですか(私は高畑さんより魔美のパパの佐倉十朗派です)。天皇を敬うべきだと言う人のことを「迷信だ」「戦前復古的だ」「時代錯誤だ」と侮っていると、日本社会がオカルトに親和性があるという実態を見失うのではないかしら。新宿二丁目が若干魔界めいているのは置いておいても、「オーラの泉」なんて序の口で、日本社会は今後オカルト回帰しつつあるのではないか…そういう中で、オカルト映画が何を教えているかと考えることは、やはり現実的に必要な気がしてきたの。

ええそうよ、強引に私の好きなことに引き込んでるだけよッ!憑いておいでッ!!!!!

さて、今回取り上げる「陰陽師」は、(腐業界では有名らしいけど)男性達が目も当てられない程に絡み合うBLという要素、日本的オカルト、厨二病(だって原作は夢枕獏先生ですもの!)という、ちょっと考えられないくらい盛りだくさんの映画。監督は「おくりびと」の滝田洋二郎監督。監督…一体どうしたのよ!

時は平安、宮仕えの源博雅(伊藤英明)は仕事で陰陽師の安倍晴明(野村萬斎)の家を訪れる。その頃は、宮廷の中では跡取りや権力を巡ってえげつない政争が展開していた。そんな中で暗躍していた同業他社の道尊(真田広之)と晴明が直接対決するのも時間の問題…ゴゴゴゴゴ

伊藤英明さんが、「正義感はあるけどちょっとバカな宮仕え(リーマン)」という役どころにハマっている。説明的な台詞とかが自然に入ってくるのね。野村萬斎の陰陽師は…あの顔がちょっとぬめっとしてるのがいいの…あんたが全部の黒幕じゃないのかという1ミリの疑念をぬぐえない存在感で勝利してる。絶対いい人じゃない。何ならこれ…純朴でかわいいボクちゃんな伊藤英明を妖術使って自分のものにしていく淫靡な日陰植物の物語じゃないの…伊藤英明の役って、ちょっと鈍いのでゲイに喰われるノンケって感じするのよね…友達だからと思って油断してたらこんなことまでしてしまった、みたいな…ノンケ喰い・隠れホモ映画として考えると映ってないシーンの妄想が広がりまくってそこは腐臭漂う陰陽沼。日本の腐った皆の邪念集めたら道尊の妖術とか一瞬で消せると思う。途中からの晴明から出ている博雅への思慕の光線は、「ゴッズ・オウン・カントリー」のゲオルゲ様級のねっとり感。

「晴明、お前は何歳だ?」という質問に「いくつに見える?」って、あなたどこまでオネエなのよ。

となれば、真田広之も絡んでくるわよ~晴明に負けそうになったら急に仲間に引き入れようとするなんてねえ…見え見えね。道尊の使い魔のカラスの造形もすごいの、ルポールのドラァグクイーンレースに出ていそう(でももちろん直ぐ死ぬ役)。

今井絵里子さんが純粋無垢な妖怪の役だったんだけど…役自体がアニメ向きだったかもしれない。絵里子の醸し出す空気はちょっと軽すぎたと思う。OVA全盛期のアニメだったら、いい笑わせ&泣かせ役で、ちょっとワルい主演を健気に支えたと思う。今思えば、上原多香子さんがやってたら業が深くて違うニュアンスが出たかも知れない。小泉今日子さんがいい女優なの…150年も生きちゃった悲しみの巫女で、それをいいように使う晴明は極悪だ。善魔なんてもんじゃない。道尊は、祟りで有名な早良親王の霊を呼び出すんだけど、元々親王と愛し合っていた巫女が、愛の力を使って二人一緒に成仏しちゃうの…尊い…インド映画だったら、恨みを溜めて死んだ女が女神となって悪鬼を倒す、というお話になるんだけど(「バーフバリ」でデーヴァセーナ妃を演じたアヌシュカの出世作「Arundhati」とか壮絶よ。最近日本公開された「パドマーワト」もその系譜)、インドの激しさに比べ、150年も生きちゃった巫女のしっとりとした哀しさが日本的だと思った。原作は夢枕獏先生だから、そうよ!厨二映画の基本、女は聖女となって自己犠牲をして、男を助ける大いなる存在=ガイアなのね。

全体としては2001年に作られたのが不思議なくらい、90年代ごろのOVAの感じが強い映画だった。その頃の日本は自信に満ちていながら、どことなく行き先不明な罪悪感をしょっていた。それは平成の30年の間に進展した「ゴーマニズム化」でほぼ跡形もなく消えちゃったんだけど。

京都にある実在の安倍晴明神社は、サブカルチャーの俗っぽさと、歴史の古さを感じさせる落ち着きが結合していかにも日本的な突き抜けた清浄さがあったわ。一番印象的だったのは、神社から数十m離れた場所でやってたお土産物屋さんの商品について、神社側が「あれには効力など無い」「ニセモノ」と糾弾する張り紙を出していたことね。オカルトは、生きてる人間が非合理的な現実を受け流すために利用される道具。だから、オカルトに絡むものは、生々しくてえげつなく、滑稽でもありひどく哀しい。本作の中でも、天皇がなかなか寝所に来てくれなくて生霊になっちゃった妃(夏川結衣、重たい黒髪とあの目がいい)が出てくるんだけど、人が生きながら「鬼」になり、角が生えてしまうという描写には、一線超えちゃったら元の人間には戻れないという怖さと憐憫を感じる。「ザ・フライ」「デビルマン・クライングベイビー」も同じテーマよね。涙を振り切って愛を以てその人を退治するか、自分で自分を終わらせるしかないの。

他方で、他人が情も無くその命を奪うのがアニメ「PSYCHO-PASS」の世界。あれは、日本からオカルトを抜いてしまうと、これ以上ない程冷たい社会になってしまうと示唆しているのかもね。

これから日本の社会経済が没落するのは時間の問題。経済的ブームを短期間に経験し、一気に落ちた社会…日本で言ったら群馬のような土地の人心の荒廃と同じことが全国津々浦々で起こると思ったら…ものすごい量の恨みが生成されるだろうね。そのとき、再び陰陽師に似た存在が必要になるのではないか。天皇家は現存する日本最古のオカルトとして、未だに存在して神事を止めていない(=機能している)。もしかしたら天皇が、再び日本巫術の最高位の存在として復帰させられるのではないかな…という予感がある。来るよ。

 

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。