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「私の二丁目デビュー」2 神名龍子さん(トランスジェンダー)

前編「私にとっての新宿二丁目は、近くて遠い街」

トランスジェンダーの論客、神名龍子さん(画像は、ゴールデン街”たちばな診察室”にて撮影)にご自身と新宿二丁目について語っていただきました。自身の性を表現する言葉を持たなかった世代の歩みと、試行錯誤を、若い世代にも知ってもらいたい!

 

・警官しながら女装の館へ

私は1964年に東京の下町に生まれました。中高一貫の進学校に入った私が、自身の性的アイデンティティが他の友人たちのそれとは違うんじゃないかと意識したのは、中学1年のとき、3年上の高校1年の素敵な男子の先輩に恋愛感情を抱いたのがきっかけです。「男(の身体)に生まれたのに男の先輩が好きっていうことは……もしかして自分は、ホモなのかな?」という思いがあったんですけど、中学の終わりか高等部に上がったばかりくらいの頃に、「あれ? もしかしたら自分はオンナなんじゃない!?」ということに気づいて。お化粧をして綺麗になりたいとか、スカートを穿いている自分が好きといった感情に目覚めたんです。

 

現在でこそ、「トランスジェンダー」「トランスセクシュアル」、または「Xジェンダー」なんていろんな用語がありますけど、当時はそんな概念自体がなかったんですよね。自分は男の身体に生まれたのに、「主観的には」女で、男性を好きになる、そういう指向に名前がなかった。「私は男じゃない」ということに気づくと、「ホモ/ゲイ」というカテゴリーからも外れてしまった感覚があったんです。

 

もちろん、それなりに悩みました。ただ、とにかく女性の格好をしたいという思いが強かったので、人生設計自体がその頃から変わっていって。しだいに親元での生活が窮屈に感じられるようになっていったんです。通っていたのは中高一貫の進学校だったので、そのまま大学に行ってしまうと、実家も都内ですから、また親元から通学しなければならない生活が4年間も続いてしまう。だったらいっそのこと、大学に進学するのはやめようと決意しました。働きさえすれば、親元を離れても、たぶん生活はできる。それに、東京からは離れない、まあ本音を言うと新宿から離れたくなかったわけですけど(笑)。当時はなんとなく、性的なマイノリティは新宿二丁目に行けばなんとかなる、みたいな知識が薄っすらとあったんじゃないでしょうか。実際には、私が初めて向かったのは二丁目ではなかったんですけれど。

 

とはいえ、進学校なので、企業からは高卒の募集がこないんです。そうなると、進路としては公務員しかない。それで、これらの条件を満たす就職先はなにかと探したら、警視庁だったんですね。警察って、警察学校を卒業して警官になるわけではなくて、厳密に言うと、学校にいるうちから警察官なんです。すでに階級がついていて、その点が防衛大学などとは異なる点ですね。→