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大塚ひかりの変態の日本史 その18

虫を飼うロリコン 藤原宗輔大臣 『今鏡』

 下町の和菓子屋で、四十三歳の父親が十八歳の娘を殺して自殺した事件がありました。報道によると娘は連れ子で血縁関係になく、「捜査の過程で、性的虐待を窺わせるような情報も伝わ」(「週刊文春」2019.7/18)っていたとか……。同誌によれば父親の「唯一の逃げ場は蝶の飼育」で、「アゲハ蝶を育て」「卵を産むとケースに入れ、幼虫へと成長したら餌をあげて蝶になったら野に放ってあげる」のだといいます。

 これで思い出すのが平安末期の藤原宗輔(10771162)のエピソードです。

 宗輔は道長の玄孫で、従一位太政大臣にまでなった、まさにくらい人臣じんしんを極めた男。

 そんな彼は南北朝時代に編まれた系図集『尊卑分脈』によると世人に蜂飼大臣はちかひのおとどと呼ばれていました。理由が平安末期の歴史物語『今鏡』に伝えられています。

 彼は蜂を好んで飼っていたのでした。足高あしたか角短つのみじか羽斑はねまだらなどと名前をつけられた蜂たちは自分の名前を認識し、大臣が呼ぶのに応じて、近くに群がりますが、刺したりはしません。

 鎌倉時代の説話集『十訓抄』によれば、この大臣は、侍たちを叱る時は蜂を呼んで刺してと命じた。蜂を自由に操っていたのです。彼が蜂を飼っていることを世間の人は無益なことと見ていたところが、五月のころ、鳥羽殿(院政期に白河、鳥羽両上皇が建てた離宮)で蜂の巣がにわかに落ちて、皆、刺されまいとパニックになりました。それがこの大臣が枇杷を取り、琴爪で皮をむいて高く掲げたところ、蜂という蜂が集まったので、それをそのままお供の人にそっと渡して、事無きを得た。院(鳥羽院?)は「タイミング良く宗輔が居合わせて」とお褒めになったのでした。

 宗輔という摂関家の高貴な大臣が、蜂を飼い、手なづけていることが、当時の人の目には奇異に映っていたことが分かります。

 しかし実は、それ以上に奇異なエピソードが、この大臣には伝えられているのです。『今鏡』によれば、彼は”(北の方、正妻)などもとくに定めなかったようで、幼きめのわらはべ”(幼い女の子)を大勢ふところに抱いていたのでした。『今鏡』が伝えるのはただそれだけ。いいとも悪いとも評していません。ただ、宗輔を最初に紹介する際、

あまり心ばへふるめきて、この世の人にはたがひ給へりけり

と、極端に古風で浮世離れした性格であることを指摘します。菊や牡丹などを立派に作って院に献上したりするのに、政務に関して意見することはない。俊足でお供の人も追いつけぬほど。加えて人を刺す蜂を飼うという変わった趣味を持っている。しかも、正妻を定めず、幼女と寝ている。領地から何が年貢として収められているかも把握しておらず、蔵の管理をしている者などが年貢を取り出すことなどがあると、「これはどこから収めたものか」などと大喜びするという世間知らずぶり……

 要するに大層な変人であったわけですが、それを非難すべきことともしていない。『源氏物語』の主人公の源氏が、まだ生理もきていない十歳の少女だった紫の上を、親身な保護者もないのをいいことに、下着一枚にして同衾しつつ、「我ながらうたて”(厭わしい、異常だ)(「若紫」巻)と感じる設定だったのとはずいぶん違います。その源氏にしてからが紫の上を引き取ったあとはいつも一緒に寝ることが常になって、周囲の者たちはとっくにセックスしているものとばかり思っていたら、実は十四歳になるまで実事(挿入)はなかったわけですが……。源氏のような大貴族が十歳(満年齢なら九歳なので小学三、四年生)の少女を犯しているとしても、文句を言う人はいなかったというわけです。

 何が言いたいかというと、今なら性的虐待とか犯罪と言われるようなことが、平安時代の大貴族にはゆるされていた。

 で、和菓子屋の事件に戻るのですが、娘を殺したとされる父親が和菓子屋として独立した二〇〇五年に新婚生活がほぼ同時に始まったと言いますから、その時、連れ子であった被害者は四歳。父親は二十九歳です。もしもこのころから性的虐待めいたことがあったとしたら、父親はロリコンの傾向があったのではないか。

 虫好きにロリコンが多いと言いたいわけではないのです。そもそもサンプルが少なすぎますから。ただ、報道されている事件の犯人を彷彿させる嗜好の人が千年近く前にも実在し、蜂飼大臣と呼ばれるその人は、現代であれば幼女を性虐待するという「犯罪者」であるものの(誰かを殺してはいないまでも)、身分制の当時は高貴な人が立場の弱い者を性的にどう扱おうが、問題視されなかった。

 だからといってつらい目にあっている人がいなかったかというとそんなことはなく、『源氏物語』の紫式部は、そういう弱い立場の人に目を向けたからこそ、源氏にうたてと思わせたのです。

 今回、変態の日本史から逸脱してしまいましたが、古典文学を読んでいると、今なら「変態」というよりは「虐待」、「犯罪」に相当する性の多さに面食らい、驚くこともしばしばということを、一度言っておきたかったのです。

 

大塚ひかり(おおつか ひかり)
古典エッセイスト。1961年横浜市生まれ 早稲田大学第一文学部で日本史を専攻。『ブス論』、個人全訳『源氏物語』全六巻(以上ちくま文庫)、『本当はひどかった昔の日本』(新潮文庫)、『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』(草思社文庫)など著書多数。趣味は系図作り。

絵・こうき